財政学者ってのは財政の均衡だけ問題にしてれば良いんですかね?
先日大騒ぎした際にコメント欄にてアカデミアさんにご紹介いただいた、伊藤隆敏先生の日経やさしい経済学への連載を読んで思ったことを書いておきます。
結論からいうと、ここで伊藤先生が述べている考えはなんというかあまりにも視野狭窄且つ無責任であるように思えてならんのです。今回のエントリの趣旨は、皆さんに僕の考えにご納得いただきたいのではなく、むしろ僕が納得する別の考え方をご紹介いただきたい、というものです。変なところがあれば是非ご指摘いただければ幸いです。
この連載において伊藤先生は、ドーマー条件、債務をネットで考える、歳出の削減、の3つの代表的な「今増税してまで財政再建を目指すべきではない」考えを紹介しながら、「慎重かつ責任ある財政政策」を考えるとの立場からそのすべてを否定し(もしくはそのすべてに疑義を呈し)、消費税増税を「大胆に断行」することが望ましいとの結論を述べています(全8回の構成は本エントリ脚注*1をご参照)。
ここでの伊藤先生の立場は、連載最終回の結語である以下の言葉に集約されているように思います。
いずれにせよ、成長率や金利、出生率などをめぐる将来の不確実性を考慮しつつ財政にとって不利な状況が重なった場合でもプライマリーバランスを着実に黒字にできるよう、慎重かつ責任ある政策を遂行すべきである。
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/yasashii3/08.html
そして僕がまったく納得がいかないのもまさにこの点です。「成長率や金利、出生率などをめぐる将来の不確実性を考慮」した場合、そもそも不利になるのは、財政以前に日本経済そのものであるはずです。
そのような状況にあっても消費税増税により着実にプライマリーバランスの黒字を目指すということは、つまり日本経済よりも財政均衡を優先すると表明しているようにしか僕には読めません。何のための財政均衡なんでしょうか。
更にいうと、伊藤先生は連載第7回において、非ケインズ効果およびリカード・バローの中立命題を持ち出して増税により景気が回復する可能性まで述べていますが、これらは実証された理論ではないはずです。
ドーマー条件に拠る政策を「理論モデルの不確実性や将来の経済環境の不確実性」のために退け(連載第3回参照)、一方でそれら不確実性においては同等かそれよりも大きいと思われる非ケインズ効果およびリカード・バローの中立命題に拠る政策を推すとする考えは僕にはまったく理解できないものです*2。
あえて伊藤先生よりの考え方をするならば、この連載があった2006年5月後半から6月後半にかけては、日銀が量的緩和解除(3月)を行った後、ゼロ金利解除(7月)を行おうとしているちょうど中間の、日本はデフレから脱却したかもしれないとの予測が多くなされた時期のものであることを考慮すべき、との見解もあり得るかもしれません。
しかしながら、もしもこの時点において日本がデフレから脱却したと前提していたのであれば、それはあまりにも早計であったと言わざるを得ません。これは後知恵でもなんでもなく、その懸念は量的緩和解除以前からですら明白にあったはずなのです。「将来の経済環境の不確実性」を本当に考慮するのであれば、このような前提をこの時期に置いたのは不適切であるように思います。
以上から、ここで伊藤先生が述べている、現在の日本の経済環境において消費税増税を「大胆に断行する」ことが本当に「慎重かつ責任ある政策」といえるのか、僕には大いに疑問なのです。もしもこれが日本の財政学者のコンセンサスであるのであれば、世の多くの人々と同様に、僕も経済学者に対する失望を禁じ得ないと言わざるを得ません。
日本経済がどうなろうととにかく財政均衡を目指す。そのためには実証されていない理論でも援用する。自分の守備範囲だけを気にする視野狭窄にして無責任な考え方にしか思えないのです。
財政学者ってのは財政の均衡だけを問題にしてれば良いんですかね?
*1:第1回:「慎重かつ責任ある財政政策」の立場で考えることを表明、第2回:ドーマー条件を紹介、第3回:「理論モデルの不確実性や将来の経済環境の不確実性」があるため「『少なくとも名目金利は名目成長率より多少高いかもしれない』という仮定をおいて政策運営にあたるのが賢明」と述べてドーマー条件に拠る政策を否定、第4回:ワインシュタイン・ブロダによる政府債務をネットで考える見方を紹介、第5回:ワインシュタイン・ブロダの考え方は楽観的に過ぎるとの理由でその見通しに沿った政策を否定、第6回:増税よりも歳出削減による財政再建の考えを紹介、第7回:非ケインズ効果、リカード・バローの中立命題を持ち出し増税はむしろ景気にプラスである可能性を示唆、第8回:増税は不可避との立場から消費税増税を大胆に断行することが望ましいことを示唆。
*2:どうしてもラッファーカーブを想起してしまいます。