最近読んだ本 岸信介特集 その4

ということでまだ続いております(その1その2その3の続きです)。だんだん読んでる本の分野が岸信介関連から離れて戦後史そのものになってきつつありますがそこはそれ。早いところ今あるストックを読み切って戦前の昭和や明治時代にまで手を伸ばしたいのだけれど遅々として進みません【ストック増えとるsvnseeds】。のんびりやっていこうと思っております。

本の紹介の前に、ちょっと今の僕の問題意識というか興味の対象を整理しておくと、まずは論点として次の4つがあり;

  • あの戦争*1はなんだったのか
  • 憲法(特に第9条)は変えるべきか
  • 戦後の驚異的な復興は何故可能となったのか
  • 明治以降「大国」の仲間入りを果たせたのは何故か

これら論点を見る軸として以下の3つがあるのかな、と今のところ思っております。

色々読んでいて不満なのはこの3つの軸がバランス良く語られることが実に少ない点。特に経済・金融の話が政治・外交や思想・イデオロギーの問題として語られることが多いように思います。この点を自分なりに再整理したい、というのが実は真の目的かもしれないなあ。

ということで以下2月あたりに読んだ本。もう記憶が薄れちゃっているので重要な点を落としているかもしれません。そりゃ違うよアンタ、って点があればご指摘いただきたく。


岸信介証言録

岸信介証言録

激しくおすすめ。岸信介について知りたい向きには必読です。

編者序説+全7章+編者補遺という構成。オーラルヒストリー(要は対談)という形式なので大変読みやすい。各章冒頭や章中必要に応じて編者による背景等の解説があるのもありがたいです。

全7章のうち、1から6章では戦前の商工省時代から安保改定・退陣までが時系列に語られます。ここの内容はかなりの部分が他の岸信介の伝記、特に本書編者による「岸信介―権勢の政治家」(ASIN:4004303680)(参照)と重複しているのですが、当時の心境等を岸本人が語っているのでまた別の面白さがあります。

しかしなんといっても本書で面白いのは第7章の「思想、政治、そして政治家」で、政治、大衆、自身の思想の来歴、当時の政治家などについて歯に衣着せず語っています。

特に面白いと思ったのは、自由であることの重要性の強調とその裏返しとしての反共や安全保障の強調、小選挙区制と二大政党制へのこだわりとその裏返しとしての社会党(当時)への期待と幻滅、そして宮沢喜一への評価でした。

岸信介宮沢喜一を評して曰く、頭が良くて見識もあり総理に適任、ただし「他人がみんな馬鹿にみえる」ので人の世話をしないから総裁には不適任、との由(pp. 374-375)。岸が「頭が良い」と評しているのは他には彼の兄くらいで、派閥が違う宮沢をここまで褒めるということはよっぽど宮沢が群を抜いていたということでしょう。「世界デフレは三度来る」(ASIN:4062820064)での宮沢の低い評価とあわせて考えるとこの評は大変興味深いものがあります。いずれ彼のことも詳しく調べてみるつもり。

しかしそれにしても岸という人は面白い。これは他の岸信介関連の本を読んでいても思ったことですが、この人は、毀誉褒貶が激しいけれども、ちょっと現在では見当たらないような相当な人物であり、個人的にはすごく惹かれるものがあります。彼の思想や戦前の行いを表層的に扱って断罪している評価が多いようですが、そういうのを見聞きするとちょっとゲンナリするようになってきました。

最後に、政治は何を目指すべきか、に関する岸信介の見解を引用しておきます。後継者を自認するお孫さんはこれを大書して額に入れて飾って毎日100遍唱えるべきですなあ(笑)。

やはり政治家の世界では、真・善・美のうち美を追求する世界ではないと思う。政治家は善を追及し実現するけれども、美を追求し真理を探究するという世界ではない。

p. 360


戦後史のなかの日本社会党―その理想主義とは何であったのか (中公新書)

戦後史のなかの日本社会党―その理想主義とは何であったのか (中公新書)

激しくおすすめ。また原教授の本。岸信介を語るときには外すことのできない存在である、55年体制の一翼を担った社会党(当時)のヘタレっぷりを確認したくて読んだ本。戦後史に興味のある人はもちろん、サヨクはどこで間違えたのか、今後の(米国の意味での)リベラルはいかにあるべきか、を考えたい人に一読をおすすめします。ってとっくに読んでますかそうですか。

終戦直後の社会党の結成から、冷戦の終了=55年体制の崩壊=社会党の崩壊までを丁寧に辿っています。読んでいると社会党のあまりのヘタレっぷりに本当にがっくり来てしまうこと請け合いです。

冷戦が激しくなる中西独の社会主義者たちは現実主義へと路線を変更しやがて政権を獲得するまでに至ったのに対し、日本の社会主義者たちはいつまでもソ連社会主義を信奉し、党内での闘争と分裂を繰り返し、自身は究極的には議会制民主主義を否定しているにも関わらず安保闘争では岸政権を民主主義の敵と弾劾し、挙句そもそも民主主義とは相容れない院外闘争を激しく煽り、やがてソ連にも中国にも見捨てられ、冷戦終結後に敵である自民党と連立を組んでやっと政権の座に着くも現実主義への路線変更を止む無くし、最後はアイデンティティが崩壊してあっけなく消滅。これをヘタレと言わずしてなんと言うか。

著者はこの原因をそのあまりにも無邪気な理想主義に見出しており、これには僕も激しく同意するところであります。現在のリベラルにも、特に外交・経済政策についてはこの弊が見られるようで残念至極。社会党が早い時点で理想主義から脱し、社会民主主義的な政党となっていたらさぞ面白かったろうと思うのだけれど正直想像できないなあ。


60年安保―6人の証言

60年安保―6人の証言

それじゃ安保のときの学生運動って何だったんだろう?ということで読んでみた本。全学連やブントなど安保闘争当時の学生運動の主要人物だった6人へのインタビュー集。

なんというか、こう言っちゃと悪いけど(誰に?w)、学生運動って本当に無責任なモノだったんだなあ、という印象を強くしました。結局のところ闘争のための闘争というか、なんというか全然筋が通ってない。社会党・総評・全学連共産党の同床異夢の大騒ぎでしかない。

本書での話もお約束の内部闘争が中心で、彼らが当時の政治状況をちゃんと認識して行動していたようにはどうしても読めないし。そりゃやってた本人たちは盛り上がっただろうけどさ。「我が青春に悔いなし」って言われてもこっちとしては「はぁ?あの大騒ぎはなんだったのさ」って感じですよもう。

もういい加減学生運動を美化するのはやめた方が良いんじゃないかなあ。って当時渦中だった人たちがみんな彼岸へ旅立つまでは無理ですかそうですか。南無南無。


再軍備とナショナリズム (講談社学術文庫)

再軍備とナショナリズム (講談社学術文庫)

おすすめ。以前id:gachapinfanさん(お元気ですかー?)のところで紹介されていたのを見かけて購入。ずっと積読だったのだけれど良いタイミングで読むことができました。

この本だけは何故か読んだ直後のメモがあったのでそのまま載せちゃいます。文体あってないけどまあいつものことなんでお許しを。



日本に民主主義と資本主義に基いた社民主義が根付いていないことが残念であるという著者の主張には同意。

それに、日本の保守勢力やかつての社会党右派が戦前のナイーブなナショナリズムのレトリックを多用したことが、本来の意味でのリベラリズム(いわゆる米国のリベラルでなく、伝統的自由主義)の混乱を招いた、という点にも同意する。

その他、吉田茂芦田均石橋湛山鳩山一郎らの評価も非常に納得感のあるものだ。特に湛山について、よく見られるリベラリストとしての評価だけでなく、戦前からの伝統的な保守主義者として(否定的に)評価している点が非常に興味深い。

しかしながら、それだけに、日本に民主主義と資本主義に基いた社民主義が根付かなかった原因として、上記のような日本の保守勢力や社会党右派の言動や態度だけを挙げているように読めるのは残念に思う。まるで社会党左派やそれを支持したいわゆるリベラル左派の「知識人」たちには大した落ち度がなかったように読めてしまうのだ。

実際には、社会党左派は本質にそのおいて、民主主義と資本主義を否定している点で共産党と違いはなかった。また、再武装や安保改定の議論においては一切の妥協を廃した原理主義的な主張のみを繰り返していた(だから実際にはまったく議論になっていなかった)。日本に社民主義を根付かせるのを阻害したという意味では、社会党左派は保守勢力や社会党右派よりも罪深いといえるのではないか。そうした指摘は、残念ながら本書からは読み取れない。

また、丸山真男に代表されるいわゆるリベラル左派の「知識人」は、保守勢力や社会党右派の回顧主義的ナショナリズム的言論に対抗するために、本当に共産主義社会党左派と共闘する必要があったのだろうか。この本でも触れられているドイツのような社民主義を掲げることは不可能だったのだろうか。仮にそれが不可能であったとしても、一方で保守勢力や社会党右派を断罪しておきながら、他方で社会党左派やリベラル左派の「知識人」たちを免罪するような記述には到底同意できかねる。共に時代の制約の渦中にあったという点では同じなのだから。

というようなことはもちろんとっくに後の研究者によって言われているだろうなと思いつつ。

話は変わるが、本書で引用されている丸山真男の「高度な政治的判断」なる言い分には本当に吐き気がする。こんな日和見主義者が「知識人」だった時代に生まれなくてよかった。今の日本に必要なのは、回顧主義的な/ナイーブなナショナリズムを廃したまともな保守派と、共産主義ときっちり決別し民主主義と資本主義に基礎を置いた、まともな左派だ。僕は今のところ保守派にシンパシーを感じるようになっている。




なんだか長くなったのでこの辺で。読み終わった本がまだ5冊くらいあるんで、近日中にこれらについても書けるといいなあ。

*1:日清・日露・日中・太平洋戦争