"Money Mess" by Anil K. Kashyap

以下はThe Wall Street Journal Asia, March 1, 2007, page A13に掲載された、Anil K Kashyapシカゴ大学教授による"Money Mess"の全文訳です。訳そのものは3/2に完成していたのですが、Kashyap教授及びWSJより正式に許可を得るのに時間がかかったため、本日の掲載となりました。原文はこちら(WSJ.com、有料)またはこちら(Kashyap教授のサイト)にて参照できます。

訳文の掲載を快く許可してくれたKashyap教授及びWSJ Asia Editorial Page Office ManagerのShandi Chauさんに感謝します(Professor Kashyap and Ms Shandi Chau, thank you very much for kindly giving me the permission to post the translation of the article to my blog!)。また、韓リフ先生には、Kashyap教授のこの論説をご紹介いただき、掲載方法についてのアドバイス、そして予告までwしていただきました。ありがとうございます。それと、訳文についてはおれカネ先生にアドバイスいただきました。感謝!もちろん日本語が変なところはすべて僕の責任です。お気付きの点があればコメントいただけると幸いです。

ではどうぞ。

金融政策の窮境
日本の中央銀行は漂流している

日本銀行はまたしても指針がないまま航海を続けている。過去2ヶ月の間に展開された茶番を思い起こしてみよう。日銀はマスコミへのリークを政策ツールとして導入した。このため、市場参加者たちが、日銀の政策変更を根拠に基いて推測することはほとんど不可能と感じるという、かなり常軌を逸した事態となってしまっている。そして、日本の金融政策がどこへ向かっているのかについてのはっきりした認識はないように思われる。

金融政策の方針が欠如していることが問題なのではない。というのも、どのような方針に日銀が従うかはまさに日本の法律によって規定されているからだ。つまり、日銀の使命は「物価の安定の実現」ただそれのみであり、それ以外の義務は負っていない。むしろ問題は、日銀がこの方針から逸脱したことが原因で、異様な結果となっているのだ。

直近2回の政策委員会を覆っている混乱状態に目を向けてみよう。1月の金融政策決定会合の準備段階において、正体不明の日銀職員が、その後の一連のリークが正反対の方向を示唆する前に、政策委員会の金利引上げの意図をリークしはじめた。この会合は政策金利の0.25%据置き賛成について票が分かれて終了した。

このとき、政策委員会はより多くのデータを確かめたかったと声明した。けれども、2月の会合の前に発表が予定されていたのはごくわずかな関連データのみであり、また実際に発表されたデータは互いに相反するものだった。GDP統計は目覚しい、しかしながら疑わしい個人消費の急増を示した。その一方で、コアインフレ率予測は、インフレ率は低下するだろうと示唆したのだ。したがって、市場参加者たちはこの後何が起こるかまったく見当をつけられなかった。

案の定、2月の会合は混乱とリークで台無しとなった。マスコミは、会合が終了する60分前に、(またもやリーク情報に基いて)日銀が金利を25ベーシスポイント引上げることを既に報道していた。結局、近い将来にインフレーションではなくデフレーションの懸念があるにもかかわらず、9名の政策委員のうち8名が金利引上げに賛成したのだった。

このリーク、予測不可能性、そして馬鹿げた政策決定をどのように説明できるだろうか?

問題の核心は、日銀による、物価の安定についての得体の知れない定義にある。日銀法は日銀に物価の安定の実現を義務付けているが、日銀は「物価の安定」が何を意味するかについて独自に決定している。日銀は自ら、インフレ率の目標をわずか0〜2%に設定している。これは他のどの中央銀行の目標よりも低いものだ。日銀は、日本人が低いインフレ率を期待するようになったことを口実にこの低い目標値を正当化しているが、しかしこの言い訳じみた理由は主として、デフレーションをもっと早くに反転させられなかった日銀の失敗を免責するために選ばれたものだ。

これほどまでに低い目標範囲を採用したがために、日銀は、自らの使命に違反するより前にデフレーションが再び現れるという圧倒的な証拠を必要としている。世界中の中央銀行の現在の日本の状況に対する見解は、物価の安定は未だ達成されていないというものだろうし、また明白なデフレーションへ戻ってしまうことこそが現在の状況においての主要なリスクであるというだろう。

しかしその代わりに、日銀は物価の安定を既に達成していることを自ら確信しており、そして他のリスクを心配することに注力しだしたように見える。例えば、福井俊彦総裁は2月の会合の後に、「世界の金融市場が統合されるに従い、我々中央銀行は外部への影響をしっかりと認識して金融政策を実施する時がきた」と声明している。

ここで彼が言いたかったのは、日銀の行動の目的は、キャリートレードと呼ばれる、人々が日本の低い金利で借りて他の場所へ投資する行為を抑制することだ、ということかもしれない。1月の会合の議事録によれば、金利引上げに賛成したある政策委員が、日銀は「円安を許容している」とみなされるかもしれないことに懸念を示したという。しかしどんなに好意的に解釈しても、こうした「外部への影響」と日銀の使命との関係は、不確かなものでしかない。

更に事態を混乱させたのは、金利を0.25%に維持することがどうして目標範囲を超えるインフレを引き起こし得るのか、日銀は相変わらず説明できなかったことだ。債権市場やインフレ期待調査によるデータはむしろ、フォワードルッキングなインフレーションの指標には上昇の兆しがないことを示唆していた。実際のところ、直近の会合における岩田一政副総裁の反対票の根拠は、聡明なことに、まさにデフレーション再発のリスクにあったのだ。

部外者たちは、日銀が法的に負っている責務と、そのキャリートレードに関する議論や日銀の使命から脱線したもろもろの要素との間の断絶のために、日銀ではどのようにして決定が行われているのかがわからず戸惑っている。更に悪いことには、日銀は公的な声明の中で、十分な証拠――政策委員たちによる公的な発言を含む――があるにもかかわらず、そうした証拠とは反対に、政策はフォワードルッキングなインフレーションの評価によってのみ決定される、と強く主張しているのだ。

このことが一連のリークを説明している。ある会合から次の会合への政策委員会の決定に明確に識別できる論理がない限り、マスコミへのリークは、日本の中央銀行にとって市場参加者たちにその意図を示すことができる唯一の方法となるのだ。もしこの一連のリークがなければ、誰一人として政策委員の意向を理解することはできなかっただろう。

そしてまた、この問題は今すぐに解決する見込みもない。政策をより予測可能にし、また透明性のあるものとする唯一の方法は、その物価安定の使命と直接関係のない要因を考慮するのをやめることだ。そしてその代わりに、日銀は、より責任のあるインフレーション目標にかなうようその政策決定を再編成し、より良くまたより信頼性のあるインフレーションについての予測を得るよう懸命に努力して、その上で、その予測と適合するように行動する必要がある。

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