ホワイトカラー・エグゼンプションとイノベーションと格差問題と40年体制2.0、またはこの道はいつか来た道。

また旧聞に属する話題ですが毎度ナニなお話をひとつ。似たようなことはきっともうとっくに誰かが書いてると思うし勘違いも多く含まれてると思うのでその点ご指摘いただければ幸いです。

例のホワイトカラー・エグゼンプション(以下WE)を導入する/しないで世間が盛り上がっているときに僕は一人でコリャいったいなんじゃらホイと思っていたわけですが、池田某釣り疑惑事件(笑)の最中に矢野さんのところで見つけた「経済制度の実証分析と設計」総括班ホームページディスカッション・ペーパーのページからダウンロードできる、その名もズバリ「構造改革なくして成長なし」(PDFファイル注意)という林文夫先生の2002年の論文を(今更)読んで、ああなるほどなあ思わずハタと膝を打ったのでした。

この論文において、林先生は日本の90年代以降の経済停滞が需要不足により起こったとの説をさっくり退け、代わりに以下のような説明を行っています。

この論文の主旨は、日本の長期停滞が簡単な成長モデルで説明できることだが、そのためには90年代の日本で起こった二つの事象に注目することが重要となる。第一は、TFP全要素生産性)の成長率が90年代に低下したこと第二は一人当たりの労働時間が一割減ったことだ

※強調はsvnseedsによる

最新のマクロ経済学に暗く学部レベルの教科書に載っているどマクロ経済学しか知らない僕にとっては、この林先生の論文を読んでいると以下のような非常に低レベルな疑問がわいてきて夜も眠れないわけですがそれは僕の勉強が足りないせいですかそうですか。

a. 停滞が10年以上だから長期ってのは安直すぎじゃない?
経済学の短期・長期は単純な時間の長さではないはずなんだけどなあ。現代の日本では(もちろん十分とはいえないながらも)セーフティーネットの整備が進んだおかげで賃金の硬直性が存在しており、10年たったからって即長期って話にはならんはず。

b. そもそも残差でしか定義できないTFPを数式ひっくり返して要素分解しても意味ある結果でるのかな?
なんというかフィッシャー方程式に関するありがちな勘違いと同じにおいがしてしょうがない。詳しくははてなキーワードソロー残差の項およびそこからたどれる苺のログ参照。

閑話休題

要するに、林先生は90年代以降の経済停滞の原因を次の2つに求めているわけです。

1. 生産性が低下しちゃったよ

2. 労働時間が短くなっちゃったよ

で、WEってのは要するにこのうちの2の問題を解決せんがための非常に直截的な対応なんじゃないかな、と。単純にみんなに長時間労働させてもかえって生産性が下がってしまいかねないので、比較的生産性が高いと思われるホワイトカラー管理職のみ労働時間規制の撤廃を行う、つまりWEの導入、となったと考えると非常にしっくりくる。

そう考えると、安倍首相が所信表明でぶち上げた「イノベーション」(と人間力w)による経済成長力強化ってのは、1の問題に対するこれまた非常に安直な対応に見えてきます(具体的な中身が良くわからんだけ特に)。最終報告書なるものがリンク切れで読めないのでなんともいえませんが、もしかして安倍内閣の経済政策って、林先生の「経済制度の実証分析と設計」プロジェクトの成果にどっぷり依存してるんじゃないでしょうか。

もしもそうだとすると、当面経済成長よりも「構造改革」を優先する政策が続きそうで(なにしろ「構造改革なくして成長なし」ですから)、とすると経済格差問題も当分解決するよりは悪化しそうだなあ、とどんよりしてしまいます(何しろ「構造改革」の「痛み」のひとつが経済格差なわけですから。「欲しがりません勝つまでは」です)。

で、それよりもいやーな感じがするのは、なんかこのプロジェクトの成果が指し示す方向性が、「40年体制2.0」というか、ミクロにじゃんじゃん介入する産業政策をどんどんやっちゃいましょー的なものになりそうな気がしてしょうがない点。「政府目標としての潜在成長率向上」や「アジア共通通貨構想」なんかまさにそのもののように思えてきますが僕の気のせいですかそうですか。

そもそも政府主導で経済復興、ってのは思いっきり「小さな政府」路線と矛盾してるし、それに日本の戦後復興や高度成長は産業政策のおかげ、という「通念」は誤解であり誤りであるという研究(ASIN:4492393986)もあるんだけれど、これも「構造改革」という錦の御旗の元になんとなーく正当化されちゃうんだろうなあ。

ところで、リフレ政策を「現実的でない」と判断する人が最も良く挙げる理由として、これは最新のマクロ経済学の知見に基づいている政策ではなく、また最悪の場合「手をつけられない」インフレになるから危険なのだ、というものがあります。でも実際には「手をつけられない」インフレなんてのは存在せず、インフレの沈静には失業率の上昇という高い対価が必要なだけであるのは歴史を眺めればすぐにわかります。

一方で、この林先生の処方箋を実行すると、最新のマクロ経済学の知見に依ってはいるわけですが、現在の停滞がしばらく続くことは確実で、最悪の場合そのまま経済は立ち直りません。

ここで、どちらもうまくいくかもしれない2つの解決策があるとき、一方は経験にしか基づいていないが最悪の場合のみ大きな(しかしその解決策は既知である)障害があると考えられ、もう一方は最新の科学的な知見に基づいてはいるがしばらく現在の問題は継続もしくは悪化する見通しで、しかも最悪の場合はイチからやり直しになると考えられるとします。

この場合、どっちを選ぶかは自明じゃないかと僕は思うんですがどうですかねー。それにもしも万が一、リフレ政策が失敗してスタグフレーションになったら、日銀やその他の方々の大好きな「正常な」金融政策が思う存分行えるんですけどね!そうなったら不況なのは一緒だけど今とちがって金利の収入もあるし、ソッチ系の人たちも嬉しいんじゃないですかね!【自棄になるとはsvnseeds】。

というかですね。「伸びんがために先ず屈せねばならぬ」みたいな精神論はもうやめにしましょうよ。これを言ったのは金解禁を断行した浜口雄幸で、彼が官僚の賃金カットに手を付けたときに省をあげて断固反対し妥協を勝ち取ったのは時の商工省のホープ岸信介でした。そしてその岸は40年体制の生みの親の一人とされています。なんというか歴史が馬鹿みたいに繰り返しているように見えて虚しくなりますよ。「昔話はあくまで昔話」なんて言ってる人間は回線切って首つtt(略)。南無南無。