サラ金の上限金利規制は多重債務者を減少させるか?

毎度激しく今更ですが、サラ金の上限金利規制の有効性について、前回とは違う方向でちょっと調べてみました。こんなことはとっくに誰かがやってるでしょうし、時既に遅しの感もありまくりですが、以下ご参考まで。

【20061123注】
吉行誠さんによる同テーマの分析が東洋経済・金融ビジネス7/25に掲載されているとのこと。当然僕の以下のエントリよりも詳しく正確であると思われますのでご興味のある方はどうぞ。

また吉行誠さんには沢山のコメントをいただき、本エントリの至らない点をご指摘いただきました(ありがとうございました!)。このテーマにご興味ある方はどうぞコメントの方もご参照頂ければ幸いです(ちょっと長いですが(笑))。



貸金業の上限金利を現状よりも低く規制すべきとの論は、主に多重債務者を減少させることを目的として主張されているようです。しかしその有効性や副作用については疑問の声が多く挙がっています(これら議論のまとまったエントリポイントとしては、やはりbewaadさんの一連のエントリをご参照いただくと良いでしょう)。

そこで今回は、上限金利を低く規制することによって本当に多重債務者が減少するのか、またその副作用は何か、を調べてみました。

具体的には、1985年より過去3回引き下げられてきた出資法における上限金利と、以下のデータとを比較しました(現状では多重債務者数の統計が存在しないため、代理指標として最高裁判所発表による自己破産申請件数を用いました*1)。

また、多重債務者・自己破産件数増加の要因は高金利ではなくライフイベントによるもの、との議論があります。そこで、返済が困難となるライフイベント発生率の代理指標として完全失業率を用い、上記2つのデータとの比較もあわせて行いました。

調査方法は例によって主にグラフを虚心坦懐に眺める方式(笑)です。本当だったら相関係数出して有意かどうか調べる必要があるのでしょうけど、そのあたりは専門の方にお任せいたします。わはは。

で、結論としては以下のことが言えるように思います。

1. 上限金利の低下は多重債務者を減少させない

2. その一方で、上限金利の低下は消費者向無担保貸金業者数を減少させ、寡占化をより一層推進する

3. 多重債務者を減少させるには失業率を減少させることが有効である

要するにいつもの「It's Economy, Stupid!」、または「地獄への道は善意で敷き詰められている」の繰り返しではあります。しつこいですかそうですか。

またこれもいつものことではありますが、ここで述べているのは所詮素人のモノマネ分析であるため、おかしなところがあれば是非コメントをいただきたく存じます。各データのソースは最後にまとめて挙げておきます。



それでは、まずは出資法における上限金利と自己破産申請件数との関係について見てみます(図1)。



【図1:出資法における上限金利と自己破産申請件数の推移】

上限金利の低下は自己破産申請件数と何の関係もないように見えます。つまり、上限金利を規制しても多重債務者は減少しない可能性が高いといえそうです。

次に出資法における上限金利と消費者向無担保貸金業者数との関係をグラフにしたのが図2です。



【図2:出資法における上限金利と消費者向無担保貸金業者数の推移】

上限金利の低下に伴い、サラ金業者数も減少していることがわかります。

もちろん、このグラフでわかることは相関関係(上限金利の低下とサラ金業者数の減少が同時期に生じている)であり、これがそのまま因果関係(上限金利の低下がサラ金業者数減少を招いた)をあらわしているわけではありません。

ただそれでも、以下の3点から、上限金利の低下が消費者向無担保貸金業者数の減少を招いた大きな原因のひとつである、と言うことができるように思います。

a. 貸金業において金利の高低は売上に直結するため、上限金利の低下は収益の低下を招き、ビジネスの継続を難しくすること
b. 需要を意味する消費者向無担保貸金業貸付残高は同時期に増加していること(図3参照)
c. 消費者向無担保貸金業者は寡占化が進んでいること(参考



【図3:消費者向無担保貸金業者数と同貸付残高の推移】

そうであるならば、上限金利を更に低く規制することは、消費者向無担保貸金業の寡占化をより一層推進することになりそうです。

また、図3から読み取れるように、業者数の減少が2002年以降の需要の停滞・減少に大きく反応していることから、サラ金業の多くは世間で言われているほど儲かってはいないのではないか、とも言えそうです。


それでは次に、上限金利の代わりに完全失業率を用いて、自己破産申請件数との関係を見てみましょう(図4)。



【図4:完全失業率と自己破産申請件数の推移】

ご覧いただければわかるように、特に1990年代以降、失業率と自己破産申請件数はきれいに相関していることがわかります(図5参照)。



【図5:完全失業率と自己破産申請件数】

特に2003年以降、失業率が低下するに従い、自己破産申請件数も低下している点は注目に値します。このことは多重債務者の増加はライフイベントが主な要因であるとする説をサポートします。つまり多重債務者を減少させるには失業率を改善させる政策が有効である、と言えそうです。

最後に、失業率とサラ金業者数の推移を見てみます(図6)。



【図6:完全失業率と消費者向無担保貸金業者数の推移の推移】

2000年までは失業率と業者数は無関係に推移していましたが、2001〜2002年の失業率の更なる悪化に伴い業者数が増加し、その後失業率が改善するに従い業者数も急激に減少している点が興味深いところです。



ということで繰り返しになりますが、以上から、結論として次のことが言えそうです。

1. 上限金利の低下は多重債務者を減少させない

2. その一方で、上限金利の低下は消費者向無担保貸金業者数を減少させ、寡占化をより一層推進する

3. 多重債務者を減少させるには失業率を減少させることが有効である

要するに、本当に多重債務者を減らしたいのであれば、上限金利を云々する前に他の打ち手があるだろう、ということです。それは失業率を改善させるようなまっとうなマクロ経済政策の実行であったり、失業者や債務者に対するセーフティネットの充実であったりです(もちろん打ち手はこれらに限定したものではありません)。

その一方で、上限金利を低下させるような規制の強化は消費者向無担保貸金業のより一層の寡占化を招き、競争を緩和する方向に市場を歪ませる可能性が高いと言えます。このことは消費者向無担保貸金業者を利することはあっても、消費者の益になることはないでしょう*2。上限金利の規制が名目でなされているおかしさ*3とあわせて考えると、いっそ上限金利規制の撤廃こそが望ましい政策である可能性があります。



昨年の郵政事業改革の議論の際もそうでしたが、目的として掲げられている問題の解決にまるで役立たない政策が、factに基かない・心理的・感情的・「悪者探し」的な世論*4に後押しされ実行に至る/至りそうなのを見るのは本当に気持ちが悪いことです。過去日本が戦争に突入した経緯を学べば学ぶほど、こうした風潮は別に今に始まったことではないのはわかってはいるのですが、そうであればなおさら、なんとかならんものかと激しく思う次第であります。

といつもの愚痴が出たところでこの辺で。南無南無。



【データソース】

*1:多重債務者数の代理指標として自己破産申請件数を用いることに関しては、近年のNPO等による債務者救済活動の高まりによって自己破産がより容易になったため、自己破産申請件数は増加傾向にあり指標としてふさわしくない、という考え方もあるでしょう。しかし、1. 自己破産申請件数は単純に増加しているわけではなく減少・横ばいの時期もある(特に近年の急速な減少は注目に値します)、2. 他に指標としてふさわしい統計が存在しない、との理由から、ここでは多重債務者数の代理指標として自己破産申請件数を用いています。他にふさわしい統計をご存知の方がいらしたら是非お知らせ下さい。というか、上限金利規制は多重債務者を減少させるのに有効、との論をはっている方は何の指標を用いているのでしょうか。不思議。

*2:しかし監督官庁にとっては、中小規模の業者が淘汰され業界の寡占が進むことは、業務の遂行をより容易にするため望ましいのかもしれません。って邪推が過ぎますかそうですか。

*3:bewaadさんがそのシリーズの最初で既に指摘されてます。

*4:nightさんすなふきんさんbewaadさんが指摘がご指摘の「水戸黄門的世界観」ですね。