科学者とエンジニアとしてのマクロ経済学者(8)

【この文章は、N. Gregory Mankiwの"The Macroeconomist as Scientist and Engineer"を勝手に翻訳したものです。段階的にアップロードしていく予定です。内容などおかしなところがあれば、メールもしくはコメントにてご指摘いただければ幸いです】


財政政策からの視点


マクロ経済理論の実際の影響を見ることができる他の場所として、財政政策の分析がある。ブッシュ政権による2001年と2003年の減税は、景気後退に対する近年の主な財政刺激の試みであったこと、また2年間大統領経済諮問委員会の議長であったために私自身この政策の基礎となった経済学的分析の多くに精通していることから、良いケーススタディになる。実際のところ、ブッシュ政権の税政策の構想には様々な動機が存在した。例えば、児童控除の拡大は、経済学よりも政治と社会哲学に根ざしたものだった。しかし大統領経済諮問委員会と財務省エコノミストたちはこの政策の策定に多大な貢献を行ったので、彼らがこの分析に用いたツールについて考察することには意味があるだろう。

ブッシュ政権の税政策の経済学的分析は、一方の目で長期的な成長を見つつ、もう一方の目で短期的な景気循環を見ながら行われた。長期的な観点は財政学の学生にはおなじみのものだろう。最も注目に値するのは、2003年にブッシュが企業資本からの所得への二重課税の廃止を提案したことだ。議会を通過した最終的な法案はこの目的をすべて達成してはいなかったが、配当課税の大幅な削減は、より大幅な課税の中立性の方向へと向かい、配当に対する内部留保のバイアス、エクイティファイナンスに対する負債のバイアス、企業資本に対する非企業資本のバイアスを縮小したのだった。またこれは、所得でなく消費に課税する方向へと税法を一層動かした。この後者の目的は財政学の一流の文献(例えば、Diamond and Mirrlees 1971, Atkinson and Stiglitz 1976, Feldstein 1978, Chamley 1986)と整合的だし、経済学的な理論として特に目新しいものでもない。アトキンソンスティグリッツは30年前に、当時でさえ「所得ではなく消費への課税を支持する慣習的な仮定」が存在することに言及しているのだった。

しかしながら、この小論により関連するのは、税政策の短期的な分析だ。2001年にジョージ・W・ブッシュ大統領が政権に就いたとき、経済は1990年代後半の株式市場バブルの崩壊を経て景気後退に向かっているところだった。減税のひとつの目的は景気回復と雇用を刺激することだった。ブッシュ大統領が2003年の雇用と成長のための減税調整法(Jobs and Growth Tax Relief Reconciliation Act of 2003)にサインしたとき、彼はこの政策を次のように説明した。「もし人々がより多くのお金を手に入れれば、彼らはそれをモノとサービスに使うことができる。我々の社会では、もし彼らが追加でモノやサービスを望んだ場合には、誰かがそのモノやサービスを生産する。そして誰かがそのモノやサービスを生産すれば、これは誰かがより職を見つけやすくなることを意味するのだ」。この論理はまさにケインジアンの真髄だ。

大統領経済諮問委員会はこの減税がどのくらい雇用に影響するのかと尋ねられた。我々はこの質問に対し、主流のマクロ経済学的なモデルを用いて答えた。私がそこにいたときに使っていたモデルは、ローレンス・メイヤーが連邦準備理事になる前に創設して経営していたコンサルティングファームの、マクロエコノミック・アドバイザーズ社が整備しているものだった。このモデルは私が委員長として就任する以前から長らく大統領経済諮問委員会のスタッフにより使われてきたもので、実のところ、ほぼ20年間、共和党民主党のどちらの政権のときでも使われていたものだった。しかしながら、特定のモデルの選択は決定的な問題ではない。というのも、マクロエコノミック・アドバイザーズ社のモデルは、他の大規模なマクロ計量モデル、例えば連邦準備により整備されているFRB/USモデルと同じようなものであるからだ。知的な歴史の観点からすれば、これらのモデルは、クライン、モジリアーニ、エクスタインによる初期のモデル化の努力の直接の系図に属する。新古典派や新ケインズ派による研究は、これらのモデルの構築に関して、最小限の影響しか与えていないのだった。

こうしたマクロ経済学的な政策策定の現実は、我々のような、キャリアのほとんどを学問的世界で過ごしている者たちを落胆させ得るものだ。悲しい事実だが、過去30年間のマクロ経済学の研究は、金融政策や財政政策の実際の分析には小さな影響しか与えてこなかった。その理由は、政策の舞台にいるエコノミストが近年の発展に無知だったからではない。まったく逆に、連邦準備のスタッフには最良の若いPh.Dたちがいるし、共和党民主党両政権下の大統領経済諮問委員会は国内最高の研究を行っている大学から才能ある人々を引き入れているのだ。現代的なマクロ経済学的研究が実際の政策策定に広く用いられていないという事実は、それがこの目的にはあまり役に立たないという一応の証拠となっている。こうした研究は、科学としては成功したのかもしれないが、マクロ経済学的なエンジニアリングには重大な貢献はしてこなかったのだった。