Microeconomic Issues Today - Alternative Approaches (8th edition), Robert B. Carson, et al (ASIN:0765615029)

先日、ミクロの教科書の記述が無味乾燥に思えて結局ザセツ、と書いたわけですが、その原因をつらつら考えるに、僕はミクロ経済学が対象とするような問題については(マクロ経済学のソレと違って)ほとんど興味を持っていないから面白く感じないのではないか知らん、と思い至った次第。たぶんより正確に言うと、興味を持つほどには、具体的にどういった種類の問題があるのか知らないのだろうな、と。

で、そんなことを考えながらたまたま立ち寄った新宿の紀伊國屋書店(タカシマヤの方)で見つけた本がこれ。思わずマクロ版(ASIN:0765615037)と一緒に衝動買い。まだ半分ぐらいしか読んでないけど激しくお勧めです。

なんといっても興味深いのがその記述のスタイルでして、単に今日の経済学的な問題を説明・解題するのではなく、そうした問題をConservative、Liberal、Radicalの3つのイデオロギーの観点からのディベートを通して理解する、という形式をとっています。個別のミクロ経済学的な問題(自国農産業の保護から財政赤字問題まで)について、最初に問題のoverviewが提示されて、その後、Conservative、Liberal、Radicalの順にディベート形式で各見解と政策提案法が提示されていくわけです*1。同じ人が書いているとは思えないほど(まあ共著で3人が書いてるわけですがw)議論はニュートラルでお互いに対して遠慮がありません*2

更に面白いのがこれらイデオロギーの定義の方法。というか不定義の方法というか。ジョーン・ロビンソンの「イデオロギーというのは象みたいなもの。定義はできないけれど見ればそれとわかる*3」という言葉をひいて、それぞれのイデオロギーをコレと定義するのではなく、具体的な考え方や発想(考え方の考え方)を紹介するという方法をとっています。この方法論が帰納法的でとっても面白い。少なくとも個人的には無茶苦茶新鮮です。

で、Part IのIntroductionがまるまるこれら3つのイデオロギーの紹介に費やされてるわけですよ。題して"Alternative Economic Philosophies: A Survey of Conservative, Liberal, and Radical Critiques"。正直ここだけでも読む価値ありまくりです。

ということで、こんなふうに書くとこの本の趣旨に激しく反しそうなんですが、簡単にこの3つのイデオロギーについて僕なりにご紹介すると;

  • Conservative: 基本的に市場に任せればうまく行くという立場。とはいえいわゆる「市場の失敗」は十分認識している。「市場は機能する」という認識においてLiberalsと、また「政府は信用できない」という認識においてRadicalsと立場を共にする。元祖はご存知Adam SmithMilton Friedman
  • Liberal: 市場は機能するがそれだけでは十分ではなく、政府の介入が不可欠という立場。「市場は機能する」という認識においてConservativesと、また「政府や大企業は信用できない」という点においてRadicalsと立場を共にする。元祖はご存知John Maynard Keynes*4
  • Radical: 市場はとにかくまともに機能せず、そもそもproduction-for-profitという資本主義の前提自体が間違っている、という立場。「政府は信用できない」という点でConservativesと、また「大企業は信用できない」という点でLiberalsと立場を共にする。元祖は古き良きw社会主義とか色々あるけど、思想的にはご存知Karl Marxに落ち着く。

といったところでしょうか。もちろん上記は僕なりのバイアスがかかった紹介なんで詳しくは直接この本をご参照ということでよろしくおながいします。

と、これだけではあまりにアレなので(十分長すぎですかそうですか)、以下今のところの僕なりに面白いと思った点を挙げておきます。

  • ディベートの結論は読者にゆだねられている点
    • 各問題に対する「正しい」解答を期待すると、読者は完全に肩透かしを食らうことになっている。その点が非常に興味深い。こういったスタイルはたぶん日本では受け入れられないだろうなあ。id:flapjackさんのイギリスの歴史教育に関するエントリを思い出してしまった(id:gachapinfanさん経由で*5)。権威主義が受け入れられやすい土壌やその由来なんかをつい考えてしまう。感情論や個人批判にならずに論理的に議論できる文化はやはり素晴らしいなあ。
  • "Radicals"という分類枠が設けられている点
    • この本でも再三強調されているけど、経済的な立ち位置を分類する際に、いわゆる「右・左」では十分でないということを再認識。というか十分でないということはよくわかっていたのだけれども、なんと分類すれば良いのかがようやくすっきり腑に落ちたというか。今までオレ定義で「変なリベラル」って言ってたのがRadicalsのことなんだなと。政治方面に関しても同様の三分法が成り立つのだろうか。ていうか政治・哲学・倫理・経済はもともとひとつなんですよねえ。ああ政治勉強しよう。
  • Radicalsの主張はやっぱり良くわからん点
    • とにかくどんな問題にも「production-for-profitな姿勢が諸悪の根源」の一点張りなのは正直いかがなものかって感じが激しくするわけです。市場を信用しないのはまだ良いとして(Liberalsに限らず、Conservativesにもいわゆる「市場原理主義」は少ないわけで)、資本=企業の利益=搾取=悪、みたいな図式はいい加減なんとかならんものか。僕が個人的に生活コストを下げて貯蓄に励んだらそれは僕が僕を搾取していることになるんだろうか。なんつーか資本というものが定義からして悪であるからこその価値感の体系に見えてしょうがないんですがこれは僕の理解が浅すぎますかそうですか。誰か訂正してください。

ということで、目下悩んでいるのが「資本主義は価値観の多様性を許さない」という良く言われる主張に関してだったりします。この1週間くらいずっとそればっかり考えてたりして。パーツは出来上がっているのですがキレイに組み上げるのが難しい。誰か「何故人はマルクス主義に惹かれるのか」ってタイトルで本書きませんかねえ。結構売れそうな気がするんですけど気のせいd(略)。

*1:読み進んでいくと、overviewの最後の"Anticipating the Arguments"を読むだけでその後の議論がどう進むかがだいたい予想がついてしまう、という欠点はあります(笑)。

*2:補足。とは言えもちろん、紙面の制約もあり、各イデオロギー代表の議論はいわゆる「典型的な議論」であって、個別に見ればそれぞれ色々あるのは著者が書くまでもなくご存知の通り。でも典型例を知ることができるというのは入門者にとってはかなりありがたいことであるわけです。「カタ」を知る、って感じです。

*3:原文は"As British economist Joan Robinson once observed, an ideology is like an elephant - you cannot define an elephant but you should know one when you see it."。至言ですな。

*4:ケインズが果たして本当に「リベラル」だったかという点に関しては個人的には異論あり。

*5:私信ですが「交通事故」って比喩は秀逸ですね・・・。生暖かく見守ることしかできないのがもどかしいなあ。