「プロレス史観」と小児病エコノミスト

なんだこりゃ。わはは。とりあえず「今の日銀の状態」もちゃんと分析してますが何か?とか歴史研究ってどういうものだかわかってんのかなあ?といったまともな反論は当事者の方々にお任せするとして、草の根派ゴキブリである僕としては僭越ながら、この文章をちゃんと読むと我が吉次デスクはかなり奇妙な主張をしているように思える、という点を指摘するに留めましょう。

まず吉次デスクの主張の骨組みだけを整理して示したのが以下*1

  • 「昭和恐慌の研究」に代表されるリフレ派の主張は、後出しじゃんけん的で勧善懲悪的で小児病的であり「俺たちは正しい、後はみんなバカだ」と言っているに等しい。何故ならば、今常識として成立した理論で過去に遡及し正誤を判断しているからである
  • 従って、リフレ派に代表される「専門知」を主張する人々は、そういった勧善懲悪的で後出しじゃんけん的で勧善懲悪的で小児病的であり「俺たちは正しい、後はみんなバカだ」と言っているに等しい研究などではなく、日銀に代表される「実務知」の苦闘に目を向け、何故「専門知」が政策として採用されないのか、その分析をこそ行うべきだ

はい。でここでまず注目すべきは、リフレ派の主張は「今常識として成立」している、と吉次デスクが考えていることですね。

今常識として成立した理論で過去に遡及し、正誤を判断する手法を鹿島茂は「プロレス史観」と呼び、科学史では「ホイッグ史観」と称するわけで、これを分かりやすく言えば「後出しじゃんけん」となります。

もちろんリフレ派の主張は世界的には常識として成立しているわけですけど、ここ日本ではそうとは言いがたい状況にあるのはリフレ派でなくとも感じているところでしょう。実際これは驚くべき主張であります。

しかし僕としては、ここでは断固として、リフレ派の主張は「今常識として成立」している、従ってその主張は後出しじゃんけん的で勧善懲悪的で小児病的であり「俺たちは正しい、後はみんなバカだ」と言っているに等しい、と考えざるを得ません。何故ならば;

  • 仮に「昭和恐慌の研究」に代表されるリフレ派の主張が「今常識として成立」していないのであれば、定義により、今現在もその「専門知」が正しいかどうかは議論を必要とするものである
  • 一般に、「専門知」を建設的に批判するのであれば、それは同じく「専門知」によってであるか、または少なくとも十分に説得的な議論が展開されることが必要とされると考えられる
  • 翻って、ここでの吉次デスクのリフレ派の主張に対する批判は、「専門知」による正面からの批判でもなくまた説得的とも言いがたい、「勧善懲悪的」で「後出しじゃんけん」的で「小児病的」で且つ「『俺たちは正しい、後はみんなバカだ』と言っているに等しい」といったものである
  • 従って、もしリフレ派の主張が「今常識として成立」していないのであれば、吉次デスクのこうした主張は、逆に彼こそが、根拠に乏しくレベルの低いくだらない感想文をマーケットの木鐸たる天下の日経金融新聞に垂れ流している小児病的な人物である、ということを示していることになる
  • 僕としては断固として、吉次デスクは、そのような根拠に乏しくレベルの低いくだらない感想文をマーケットの木鐸たる天下の日経金融新聞に垂れ流している小児病的な人物ではない、と信じる
  • 従って、「昭和恐慌の研究」に代表されるリフレ派の主張は「今常識として成立」しており、且つその主張は後出しじゃんけん的で勧善懲悪的で小児病的であり「俺たちは正しい、後はみんなバカだ」と言っているに等しいものである、と考えざるを得ない

嗚呼、なんということでしょう!我がリフレ派の主張は、実は後出しじゃんけん的で勧(略。しつこいですかそうですか)だったとは!!しかしここは吉次デスクの名誉の為にも、涙を飲んで先へ進むことにしましょう*2

こうした、リフレ派にとっては非常に厳しい、学者生命を脅かすような吉次デスクの1点目の主張を受け入れるとすると、彼の2点目の主張;

  • 従って、リフレ派に代表される「専門知」を主張する人々は、そういった勧善懲悪的で後出しじゃんけん的で勧善懲悪的で小児病的であり「俺たちは正しい、後はみんなバカだ」と言っているに等しい研究などではなく、日銀に代表される「実務知」の苦闘に目を向け、何故「専門知」が政策として採用されないのか、その分析をこそ行うべきだ

は、以下のような大変興味深い主張であると理解されるべきことになります。

  • 日銀は、「今常識として成立」しているリフレ派の主張は正しい政策であると理解しているのだが、それを実務的に遂行する能力に欠けている。何故常識が政策として遂行されない程日銀の実務遂行能力に問題があるのか、ここにこそリフレ派の分析が必要とされている

あ、やっぱりそうですか。いやー僕も実はそうなんじゃないかと思ってたんですよ。はい。田中さーん、やっぱりサービスしすぎなんてつれないこと言ってちゃダメみたいです。わはは。ともあれ吉次デスクにもご賛同頂けて嬉しいです。ではごきげんよう

・・・って冗談みたいに書いてますが僕は本気ですってば。須田審議委員のように、日銀当座預金残高実務的に維持できないからといって、消費者物価を「広義公共サービス」とそれ以外に分けてみたりしてるのをみると、あなたたちは正気ですかと小1時間ですよ。

ていうかですね。吉次デスクの次の主張;

何で「専門知」とやらが現実の政策に採用されないのか、何か「専門知」なるものに決定的な欠陥があるのではないか、と思わざるを得ません。

は、そのまま日銀の「実務知」なるものへの疑念ともなり得るわけですよ。こんな感じに。

何でリフレ派が主張する「インフレターゲット*3+長期国債買切」が現実の政策に採用されないのか、何か日銀の主張する「実務知」なるものに決定的な欠陥があるのではないか、と思わざるを得ません。

ということで、僕が考える日銀の「実務知」なるものの決定的な欠陥の具体例をいくつか挙げましょう。

  • 「時間軸効果」には意味がなさそう?そりゃCPIのターゲットが0%でしかも期限なしじゃ期待は変化しないですよ。
  • 国債買い切り限度額があるからもう国債買えない?そんな意味の無い枠組みは撤廃すればよろしい。
  • 札割れするからもう国債買えない?だから長期国債買えばよろしい。
  • そんなことしたらインフレになる?だからインフレにしたいんですってば。
  • そんなことしたら手の付けられないハイパーインフレになる?ターゲットに従って引き締めれば良いだけです。forward lookingにお願いね。
  • 引き締めたら不況になって失業率が上がって経済が不安定になる?もう十数年、十分不況で失業率上がって経済が不安定なんですけど。いやむしろどん底で安定してるんですけど。それ、火事なのに消防車呼んだら水浸しになるって心配するようなもんです。もしかしてバカですか?
  • でも引き締めたら国債を安値で売りオペすることになって損失が出て日銀のバランスシートが痛む?日銀のバランスシートと日本全体の経済状況とどっちが大事なんですかね?そもそも日銀のバランスシートを(国/政府との連結でなく)単体で考えるのは全然意味ないです。
  • でもその引き締めには実務的困難が伴うって?あ、やっぱ実務能力ないんだ。ふーん。能力がないのなら能力のある人を雇えばいいじゃない。
  • せっかく築いてきた円高がちゃらになってしまう?「円高シンドローム」キター!
  • 円圏構築が遠のいてしまう?電波キター!!

・・・最後の2つがアレなのは僕が全然理解できないからなんでこれから勉強しますですはい。

とまあ散々批判したこの吉次デスクの記事なんですが、最後にひとつだけ良い事を書いてるんで激しく大絶賛しておきましょう。

アカデミズムと実務家の乖離が大きいのは、あんまりいいことではないように思えるのですが。

禿同。いや全く仰る通り。そういう吉次デスクには、アカデミズムと中央銀行家を兼務した/している2名の偉大な経済学者の次の言葉を送りましょう。

実務家である中央銀行員たちは、計量経済学から得られる証拠よりも、助言してくれる人に頼りすぎるのではないだろうか。計量経済学に基づく推定値について疑いの目を向けるのは一理あるし、正等でもある。しかし、健全な懐疑心が計量経済学に対するニヒリズムに形を変えてはならない。このニヒリズムは、状況を楽観的に解釈するときの言い訳にされたり、推定値が示す教えから逃れるために利用されたりすることが多々あるからである。(pp.41)

また私は、現代の中央銀行は、政治からの独立を主張するのと同じくらい熱心に、金融市場からの独立を主張すべきであると提案してきた。【中略】あまりにもぴったりとマーケットに追随すると、中央銀行はまさに、独立性によって避けようとしている短期的視野にとらわれてしまう可能性がある。中央銀行は、政治家から進軍命令を受ける理由がないのと同じく、債券トレーダーから進軍命令を受ける理由もないのである。(pp.131-132)

「金融政策の理論と実践」アラン・ブラインダー(ASIN:4492652604

実務家としてのセントラル・バンカー - 私自身もその中に入りますが - にとってフリードマンとシュワルツの分析は数多くの教えに満ちています。彼らの研究から私が得たものは、貨幣的要因というものは、システムの不安定化の方向に解き放たれる場合には特に、きわめて強力で不安定化を増大させうるというアイディアです。セントラル・バンカーが世界に貢献できる最大のことは、ミルトン・フリードマンの言葉を借りれば「安定的な金融的背景」 - たとえば低率かつ安定的なインフレ下で反映されるような - を経済に提供することによって、そのような危機を回避することです。(pp.114)

デフレに取り憑かれた日本という脈絡でいうと、インフレ(およびこれと結びついた名目支出の増加)を多少創出することは、景気回復と不稼動資源の再活性化を促進するという目的達成に役立つでしょうし、ひいてはこれが税収増をもたらし、政府の財政状況を改善することになるでしょう。(pp.139)

「リフレと金融政策」ベン・バーナンキASIN:4532350751

あ、このバーナンキの本は吉次デスクが解説書かれてらっしゃるんでしたっけ。「政策決定の実務と理論は違うなあ」というバーナンキの発言、吉次デスクが書かれているような文脈で理解するとかなり問題ありそうですね。大丈夫かなあ。わはは。

ということで皆さんごきげんよう。もう寝ます。

*1:蛇足だけれども、このような主張(特に2点目)はインフレーションターゲット政策やリフレ政策を胡散臭く思っている方々に多かれ少なかれ共通して見られるように僕には思えます。なんだかなあ。

*2:仮に、あり得ないことではありますが、ひょっとしてもしかしたら万が一、吉次デスクが根拠に乏しくレベルの低いくだらない感想文をマーケットの木鐸たる天下の日経金融新聞に垂れ流すような小児病的な人物だったとしたら、リフレ派の主張は「今常識として成立」しているかどうかわからないことになります。まその場合は学者さん同士、正しく「専門知」を闘わせていただけば良いだけの話なんですが。『昭和恐慌の研究』への形に残る批判は珍しいらしいんで、今後に期待しましょう。っていや万が一ですよ、あくまで仮定の話です。わはは。

*3:最近ではインフレターゲットの代わりに物価水準ターゲットを用いる方が望ましいらしいです。研究中なり