量的緩和解除とライブドア騒動

普段あんまり新聞やテレビを見ないので良くわからんのだけれど、どうも今回の量的緩和解除決定をどう評価するかに関しては、特に肯定的な見解をちらほら見聞きするに、例のライブドア騒動の影響もちっとはあるのではないかしらんと思った。

多額のカネを安く借り入れて企業買収を行うような虚業は許せない -> そんなことが出来るのは金利が「異常に」安いからだ -> 金利「正常化」を急ぐべきである -> そのためには量的緩和を解除するのが先決、という意見をどっかで見たような記憶があるのだ(けど日経だったかテレビだったかネットだったかは定かでない)。

もちろん日銀がこれを意識していたわけはない(と信じたい)けれど、少なくとも世論的にはちっとは追い風になったんじゃないかなと思う。

改めて指摘するまでもないけれど、上記のような理解にはそもそも間違いが2つある。ひとつはミクロな企業倫理の問題をマクロな金融政策でどうにかしようという発想の誤り。もうひとつはゼロ金利は「異常」だから「正常な」プラスの金利に早く戻らなければならない、という考えの誤り。

前者は「構造改革」を金融政策でもって推進しようとした速水前総裁や精算主義者の発想にかなり近いものがあるように思う。要するに問題に対して間違ったツールで対処しようとしているわけですな。経済学ってのは問題切り分けのための前処理ツールなんだけど、その重要性を理解していないとこうした誤謬にはまることになるんじゃないかしらん。

で後者は「マーケット関係者」に広く共有されている認識みたいだけれど、そもそもまずデフレがこれだけ長く続いている事態が異常なんであって、金利だけ戻したからって根本的な原因が収まるわけがないんだよなあ。金利水準を異常・正常と単純化するこうした発想は、旧平価での金本位制復帰決断に似た硬直性(または視野の狭さ)を感じさせて恐ろしい。

またこれに似た変な話としては、今現在はデフレに戻るリスクよりもインフレになるリスクの方が大きい、とする判断がある(例の水野審議委員なんか典型ですな)。先のディスインフレ期に、FRBがどんなタイミングでデフレリスクからインフレリスクへとプライオリティを変更したか、なんて全然参考にしちゃいないんだろうなあ。

他に変だなーと思った意見としては、資産インフレがどうのって話(これはインフレリスクを過大に評価する見方と一部重なる)や、ゼロ金利は庶民から銀行への所得移転なので良くない(ここなんか典型的)なんてのがあるけど、これらのどこが変なのかについては結構目にするし僕も書いたので略。

最近読んだ本 その5

とりあえずまだ1月に読んだ本だったりしますがご紹介。

ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝 (講談社BIZ)

ベン・バーナンキ 世界経済の新皇帝 (講談社BIZ)

激しくおすすめ。出てすぐ購入(のわりにはご紹介遅れましたけど)。さっき見てきたけど吉祥寺啓文堂ではまだ平積みですよ。

FRB議長であるバーナンキの業績を縦軸に、そして標準的・教科書的なマクロ経済学の知見を横軸に、現在の日本経済について深く鋭く解説してあります。

ちょっと表現がキャッチー過ぎだったりする気もしますが(笑)、ざっくりしたマクロ経済の根っこ、金融論の初歩、そしてそれらの現実の日本経済への適用と3拍子揃っていてとってもお買い得です。

ひとつだけ残念な点を挙げるとすれば、参考文献や索引がないこと。入門的な見た目とは思えないほど本格的な議論が展開されているのでこれらは是非欲しかったところです。いずれネットにて公開されるというお話もあるようなのでお待ちしております。

福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓 (中公新書)

福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓 (中公新書)

おすすめ。というか読んでおいて損はないと思う。新宿ジュンク堂にてたまたま目に付いて購入。

スウェーデンの主に負の側面に焦点を当てて書かれた本(それだけじゃないけど)。著者の姿勢はその前書にはっきり表れている。ちょっと長いけど断片的に引用してみる。

日本における北欧各国、特にスウェーデンのイメージは「理想的な福祉国家」「民主主義国家のモデル」などといったものだが、しかしこれは日本人特有の国際問題ないし外国事情に対する思い入れ過剰を投射した現代の神話である。それはたとえば旧ソ連邦をはじめとするかつての旧社会主義諸国に対する異常な思い入れや感情移入と同根のものと言ってよい。
・・・
私の意図はスウェーデンを通して、あるいはスウェーデンを超えた国際的な思考を示唆するためにスウェーデンを取り上げたということにある。したがって断っておくが、私はこれによってスウェーデンの長所や美点を否定しているのではない。逆に否定的な裏側からスウェーデンを見ることによって、その肯定的な長所や美点をも併せ考えてもらいたいと願ったのである。

まえがき(i〜iiページ)より

著者はストックホルム大学留学後スウェーデン大使館にも勤務した外交官。長くスウェーデンに関わっただけあって、上記引用にもちょびっと表れているけど、随所にスウェーデン人やその気質に対する愛が感じられる。ただ全体的に緻密な分析というよりは印象に基いた漫談といった感が強いかな。でもその内容は(少なくとも僕にとっては)大変興味深かった。

例の昨年末の「真剣中年しゃべり場」(だっけ?)にてスウェーデンが称揚されているのを見てバランスを取ろうと思い手にとってみた。そういう意味では良い本なのだけれど、人によっては逆の極端に振れていると思うかもしれない。

というのは、著者の社会的立場や年齢(1928年生まれ)にもよるのかもしれないけれど、記述の背後に流れる思想がちっと保守的な感じが僕でもしたから(僕としては許容範囲内だけど)。なので、スウェーデンマンセーなそっち系の人にはそういった端々の記述が生理的に受け入れられないかもしれないな。

でも、スウェーデン国内でも、例の高福祉高負担な政策に関して、賛否両論があることがわかるだけでも僕にとっては収穫だった。特に高負担が高福祉に見合うものかという議論が当然あるべきと思っていたのだけど、案の定あったわけで安心したというか。って僕が無知杉ですかそうですか。わはは。

というか、経済成長がキライでGDPは指標としておかしいと主張しブータン最高とおっしゃる人々の言うとおり、日本では主に家庭で行われてきた家事・育児・老人介護等が外に出されている分、スウェーデンの一人当たりGDPは高めになる罠。

それによる「家族の崩壊」にどう対処するかの極端な例がいわゆる保守主義者の「女性は家庭に」的主張になるのは日米変わらないのだけど、その辺一人当たりGDPの高さを持ってスウェーデンを称揚している人々はどのように考えているのだろうか。と改めて疑問は深まったわけでございます。

というかこれで一方の極端のアンカーが取れたので、スウェーデン最高いえーいな本も自信を持って読めそうな気がしてきましたよ。アレ嫁コレ嫁というのがあったらおすすめいただければこれ幸い。

中国はなぜ「反日」になったか (文春新書)

中国はなぜ「反日」になったか (文春新書)

激しくおすすめ。これもたまたま目に付いて購入。後でアマゾン見たらid:kaikajiさんがおすすめしていてさもありなんと思ったというか。

ということでちゃんとした紹介はアマゾンの梶ピエールさんの書評にお任せいたします。個人的には歴史的な背景を元にした冷静な記述に大変好感が持てました。というかこうやって書かれないと信用できない体質なんでええ。

【追記:20060315】
無責任にも梶ピエールさんことkaikajiさんに話題を丸投げしてしまいましたが、ご本人から情報をいただきましたので追記いたします。
詳しくは本日のコメント欄、およびkaikajiさんのエントリであるこちらおよびこちらをご参照いただきたいのですが、この本の最後に述べられている胡錦涛の日本への姿勢に関する評価には異論もあるとのこと。kaikajiさんありがとうございました!

激しくおすすめ。昨年末に著者である大竹先生のブログを見て購入。

キャッチーなテーマから経済学の本質に迫る議論が展開されていくのはとても痛快。結構日本では珍しいスタイルだと思うので今後同様の著作が出ることを期待してみるテスト。

「経済学は役にたたない」と思っている人はまずこの本を読んでみやがると目からウロコが落ちまくるかもしれません。ただしマクロの話があんまり出てこないので、バランスを取りたい方には「日本経済を学ぶ」(ASIN:4480062122)をおすすめしておきます。

ちなみにこの本が面白いと思った方は、以前まとめた「経済学者が身近な話題を経済学的に分析した本」に挙げた本も面白いと思う可能性が高いので御用と御急ぎでない方は是非どうぞ。

ということで以上1月に読んだ本でした【今は何月svnseeds】。他に仕事関係で4冊読んだのだけどそれは割愛。