Letter from Milton

【この文章は、N. Gregory Mankiwのブログの記事「Letter form Milton」を勝手に全訳したものです。内容などおかしなところがあれば、メールもしくはコメントにてご指摘いただければ幸いです】

ミルトンからの手紙

古典的なリベラルで応用マクロ経済学者である私のような者にとって、ミルトン・フリードマンからの電子メールを受け取ることは、モーゼが大衆に英知を授けるよう神に肩を叩かれた際に感じたはずの気持ちを十分に理解させてくれるものだ。数日前、ミルトンが私の論文「The Macroeconomist as Scientist and Engineer」【訳注:svnseedsによる邦訳はこちら】にコメントを送ってくれたとき、私はモーゼの瞬間を経験したのだった。

ミルトンの2つの戒律は、小さな政府と受動的な金融政策への、彼の継続的なコミットメントを示している。汝連邦準備制度を廃止すべし。汝ハイパワードマネーを一定水準に維持すべし。

以下に手紙の全文と、その後に私の返答を掲載する。

HOOVER INSTITUTION ON WAR, REVOLUTION AND PEACE
Stanford, California, 942305-6010

2006年8月14日

Professor N. Gregory Mankiw
Department of Economics
Harvard University
Cambridge, MA 02138

親愛なるグレッグへ

君のマクロ経済学者についての研究報告書を楽しく読みました。素晴らしいサーベイで良く書けています。しかし、私が手紙を書いているのはただ称賛するだけでなく、忠告と批評を行うためであっても君は驚かないだろうね。

私の忠告は景気循環についての初期の研究に関するものです。私の見解では初期の研究において最も大きな貢献をした人物である、ウェズリー・C・ミッチェル(彼の著書である景気循環は1913年に出版されました)への言及を、君は忘れています。君も知っている通り、ミッチェルは景気循環を研究するために、全米経済研究委員会(National Bureau of Economic Research)の設立に主要な役割を果たしました。この委員会において彼はもう2冊の景気循環に関する本を出しており、2冊目はアーサー・バーンズとの共著です。

コメントまたは批評としては、私は過去の二十数年における金融政策の良好な実績の理由について、君とは少々異なる見解をとっています。私の見解では、それは主として、世界の中央銀行が、インフレーションに対する責任は自分たちにあると認識したことによりもたらされたものです。一方では大恐慌が、他方では70年代のインフレーションが、以前からの理論的、歴史的研究を補強したのです。私の警句である「インフレーションはいつでもどこでも金融的な現象である」は、嘲りの対象からほとんど自明の理へと変化しました。この経験は、もちろん合衆国におけるアラン・グリーンスパンによって示されたリーダーシップによって大いに強化されたわけですが、しかしまたニュージーランドのドナルド・ブラッシュによって示されたリーダーシップにもよるものだ、と私は確信しています。

ニュージーランドはインフレーションターゲティングを導入した最初の国で、それはドナルド・ブラッシュが中央政府と合意した、彼がインフレーションを確か1〜3%に保つことにコミットするという協定から生じたものです。この合意は、もし彼がこれ達成できなかった場合は、彼は解職され得るし恐らく実際に解職されるだろう、というものでした。合衆国のヴォルカーとグリーンスパンは、具体的な数値目標を提示せずにインフレーションを引き下げました。一方ブラッシュは「インフレーションターゲティング」という用語を導入し、その目標を達成することで彼の職を維持することに成功しました。こうした実例として、君も知るとおり、オーストラリア、イギリスなど多くの国が続いたのでした。

1930年代の大デフレーションにおいて、多くの経済学者や非経済学者たちは金融政策の欠如に気付いていましたが、しかしそれは経済状況の不振の主要な説明ではありませんでした。原因は市場の失敗だとされていたのです。同様に、第二次大戦時においてはインフレーションは主に価格統制により沈静が図られ、貨幣量の過度の増加が原因とされることはあまりありませんでした。もちろん、何が重要なのかというと、セントラルバンカーたちが歴史に学んでインフレーションに対する責任を受け入れたことだけではなく、また社会全般が、深刻なインフレーションが発生したときには金融当局に責任を負わせ、今後も負わせるということなのです。

君が論じた理論的研究の役割は、プロセスのより良い理解と、何をなすべきかを決定するための多くのツールを、セントラルバンカーたちへ提供することでした。その点において、テイラールールはマクロ経済学の貢献のひとつの良い例です。

副次的な点をもうひとつ。セントラルバンカーたちは経済学者たちの目を欺くという驚嘆すべき仕事を果たしてくれた、という結論に私は達しています。彼らは、比較的安定した価格水準を維持するのは最も賢く経験のある銀行家とビジネスマンたちの判断を要求する非常に困難な問題である、と確信するよう我々全員を導きました。しかし、ニュージーランド、オーストラリア、イギリスなどによる、比較的安定した価格の維持やインフレーションのばらつきの大きな減少の達成に見られる容易さは、過去の循環の原因は価格安定を達成するのが困難なことではなくセントラルバンカーたちが価格安定に失敗したことにあり、実はこれはそんなに困難な問題ではないのかもしれないことを示唆しています。私がここ数十年の間に観察したどのようなことも、一定の率で貨幣量を単純に増加させていくという金融政策ルールの必要性に関する私の意見を変更させることはありませんでした。こうしたルールは過ちを取り除くであろうし、またそれは金融システムから得られると望める恐らくすべてであるのでしょう。

しかしもっと良いのは、連邦準備制度を廃止し、ハイパワードマネーを一定の数量レベルに維持することを財務省に命じることでしょう。

それでは。

敬具

ミルトン
Milton Friedman
Senior Research Fellow

以下は私からの返答。

2006年8月15日

親愛なるミルトン

コメントをいただきありがとうございます。私の論文を楽しんだと聞いて嬉しく思います。また、私にメールを出すために時間を割いていただき感謝しています。

あの論文は既にゲラ校正を終えてJournal of Economic Perspectivesでの発表を待つばかりです。けれども、私としてはあなたの洞察溢れる手紙を、私のブログの読者と是非とも分かち合いたいと思っています。そのようにしてもよろしいでしょうか?

ミッチェルについて言及すべきだったとのあなたの指摘は正しいです。これは私がうっかりしていました。

金融政策について、いくつか述べさせてください。

1970年代の歴史的な出来事がセントラルバンカーたちにインフレーションを制御下に保つことの重要性を教えたことには同意します。しかし、より正確には、彼らは何を教訓として学んだのでしょうか?次の二つの可能性があります。

(1) 中央銀行は彼らの目的関数においてインフレーションにより大きな重要性を与えるべきである。

(2) 中央銀行は政策ルールへのコミットメントを通じてのみインフレーションを制御できる

私は、グリーンスパン時代の知見は教訓(1)を支持すると考えています。一部の経済学者たちは教訓(2)を主張しています。ところで、私の論文はV.V.チャリとパット・カホエのものと一緒に掲載されます。彼らは(1)よりも(2)に賛成のようです。

私はインフレーションの制御の重要性に関してはあなたに同意するもののですが、一方で、その課題があなたが示唆するようにとても容易であるとは考えていません。私は、「ベン・バーナンキへの手紙」と題した別の論文において、バーンズのひどい成果とグリーンスパンの優れた成果の違いは、部分的には、バーンズはグリーンスパンと比較してより不運な衝撃的状況に対応せざるを得なかったという事実に起因する、と述べています。たぶん、バーンズは悪い手札でまずいゲームを行い、グリーンスパンは良い手札でうまくゲームをしたのでしょう。私は、バーンズが直面したような状況、つまり生産性の低下を伴った食品とエネルギー価格の不安定性や自然失業率の増加を、グリーンスパンだったらどのように対応したのだろう、と思います(ご参考まで、この論文は2006年5月のAERに掲載されましたが、こちらからオンラインでも読めます)。

一定のハイパワードマネーの効能に関するあなたのコメントには驚きました。一方では、ハイパワードマネーは、特に広義の集計量の指標を複雑にしている多くの「貨幣に近いもの」を考慮すると、最も明瞭な定義による指標です。しかし他方では、1930年代の経験はあのようなルールを支持しないと私は考えています。私の記憶が確かならば、あの時期の貨幣供給量の減少の大部分は、ハイパワードマネーにではなく、内部貨幣と貨幣乗数に起因したものでした。もし我々が連邦準備制度を廃止しハイパワードマネーを一定に保っていたとしても、同様の一連の事象が生じ得た可能性があるように思えます。

最後に、繰り返しになりますが、コメントをいただきありがとうございました。あなたのメールを私のブログで公開してよいようであれば、ご連絡いただければと思います。ブログ読者である多くの学生や経済学教授たちは、きっと楽しんでくれると思います。

それでは。
グレッグ

PS
数年前のあなたの家での素敵な昼食について、あなたとローズに改めて感謝します。彼女によろしくお伝えください。

ミルトンは返事をくれて、転載を許可してくれた。私が楽しんだように、あなた方も楽しんでくれたものと確信している。