石油・ドル本位制の終焉?

netwindさんこのエントリ経由、HSKIさんこのエントリ経由でたどりつく。うーむ、なんというか。陰謀論バクハツですな。田中宇と良い勝負というか、キムタケと同レベルというか、生物学における竹内久美子的というか。
最終的に何が言いたいのか、この文だけでは判断できないのだけれども(だって結論がぼやけてるんだもん)、無理やり内容をまとめてみると;

A. 金本位制なきあとドルはただの紙切れ。基軸通貨としては失敗である
B. そんなドルが通用しているのは、ドルでしか石油を買えないという密約があるからである
C. しかしその密約の神通力も失われてきた。ユーロの台頭によってである
D. もし石油がユーロ建てで決済されるようになれば、ドルのありがたみは「ネットワーク効果」により急激に失われるであろう
E(おまけ). プーチンシュレーダーともに「経済合理的」ではなく「政治的」な人物なので、石油取引の決済をドルではなくユーロで行うといった、経済的に非合理的なことでも行うはずである(何故ならそもそもユーロ圏の成立にも経済合理性がなかったのだから)
F(おまけ). グリーンスパンが述べた「米国の資金繰りは問題ない」という発言は不安の裏返しととるべきである

つまりあれですよ。とにかく今すぐクルーグマンの「ユーロなんかこわくない」を読めと。わはは。
ってこれだけじゃ面白くないので、素人の僕でもわかるおかしな点を2つほどつっこんでおこう*1(ていうか日本の経済学者はこういうデタラメを言う人を野放しにしちゃいかんとマジメに思います)。ひとつは経済学うんぬんとは全然関係のない、文章の論理性について。もうひとつは経済学的なよくある誤解について。
まずひとつめ。驚くべきは、この文の要であるBの点がただの伝聞/推測に過ぎないということ。つまり、ドルが「石油との排他的・独占的交換性」を持つ/持っていた、ということがこの文章の中心的なテーマなのだけれども、その根拠がむちゃくちゃ曖昧なのだ。ドルは特別だ、ということの根拠として、ある密約が存在するとしているのだけど、その書き方がこう。

アメリカと、世界最大の産油国サウジアラビアとの間に暗黙の約束(「ワシントン・リヤド密約」)があるとの説を聞くことがある

「聞くことがある」ってなんですか。まじめにやってください。
で、「密約」だからその内容はよくわからん、とexcuseしつつ、それが存在することを前提にそれがどんなものかの説明がなされ、最後にはまたひっくり返される;

石油販売代金はドルでしか受け取らないというサウジの約束*4 ――石油・ドル本位制の主柱――とは、もしあったとしたら、元来このように冷戦下のバーター取引として生まれたものである。

「もしあったとしたら」ってなんですか。もしかして馬鹿にしてますか。わはは。
って、これ以降、その密約とやらがあるのを大前提にユーロとかイラクとかロシアとか話が大きくなってってるんですけど。もしその密約がなかったとしたら、ここで書いてあることって一体なんなのだろう(答:ただのデタラメ)。こんないい加減な文章よく人前に出せるよなあ。感動した。
ということでかなりやる気がそがれちゃったけど(だってこの時点でもうこれ真面目に読む人はいないだろう)、もうひとつの経済学的におかしな点について。
上のFの点と関連するんだけど、こういった電波ちっくな論説の背景に共通するのは、「基軸通貨を持つというのはすごく良いもので、そのおかげで米国は巨額の経常赤字を賄うことができている」という、とってもとっても間違った理解。
確かに基軸通貨を持ってることによるシニョリッジ(この言葉でぐぐってみたら電波ざくざくだなあ。わはは)はあるんだろうけど、それはクルーグマンが指摘している通り大したことない。
よく電波な人たちは「アメリカはドルをばんばん刷ってうはうはだ」っていうんだけど(もしくは意図的にデフォルトを起こして米国債を紙切れにするとか)、そんなことしたらインフレ率と利子率どうなります?その結果失業率は?70年代の米国がどんなだったか、もうみんな忘れちゃったのか知らん。日本(や中国や、そのほかどこでも)が持ってる米国債を紙切れにするためだけにそんなことするわけないでしょう。ていうか妄想たくましくする暇があったらちゃんとした教科書読めば良いのになあ。
また米国の経常赤字は確かに大きいけれど、今でもGDP比で5%くらい。今のイギリスと同じくらいで、オーストラリアはずっとそんなレベルの赤字だったし、80年代〜90年代前半のカナダもそう。この水準がsustainableかどうかを心配するのはごもっとも。だけど、その大きさや継続期間が基軸通貨うんぬんとはまったく関係ないのはこれまたクルーグマンが指摘するとおりです*2
そして、たぶんこうしたダメダメな考え方の根底には、経常赤字(もしくは、大抵はそのうち大きな割合を占める貿易赤字)を減らすには輸出と輸入のバランスを変えなければいけない、という大きな誤解があるように思えます。
貿易赤字を減らすには輸出を増やせばよい。この考え方のどこが間違ってるんでしょ?答えは簡単。輸出なんか、増やそうと思ったからって増えるものじゃないからです。輸入も同様。これらは、政府がどうにかしようとしたってどうなるものでもない。計画経済じゃないんだから。
でもこういう、どうにもならないものをどうにかしよう、って話の多いことといったらキリがない。90年代前半の日米貿易摩擦もそうだし、その後の日本の産業空洞化が経常収支に与える影響がどうしたとか、中国の脅威だとか、今現在の米国のoffshoring/outsourcingに関する議論もそう。
なんでこういうスジ悪の話が跋扈するのかというと、経常収支の2つの定義式のうち、ひとつの方しか見てない(もしくは知らない)からなんだと思います。普通、経常収支というと、次のように定義されます*3

経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支+経常移転収支 (式1)

でも一方で、経常収支は総需要と総供給の関係から以下のように導くこともできるんです。

総需要=消費支出+投資支出+政府支出+輸出
総供給=消費+貯蓄+租税+輸入
総需要=総供給より、
消費支出+投資支出+政府支出+輸出=消費+貯蓄+租税+輸入
輸出と輸入について解いて、
(輸出−輸入)=(貯蓄−投資支出)+(租税−政府支出)
それぞれカッコ内をまとめて、
経常収支=国内貯蓄・投資バランス+財政収支 (式2)

つまり、経常収支といった場合、意味するところは(式1)と(式2)の両方があるわけです。これらはいわゆる恒等式、つまり定義なので、たとえどんなに直感に反していても常に成り立つものですからご注意を。
で、(式2)に着目すれば、経常赤字を改善させるには、次の2つの打ち手しかないのがわかります。つまり、1.財政赤字を減らすこと、2.税制をいじって貯蓄/投資と消費のバランスに関するインセンティブを変更すること、の2つです。逆にいうと、これら2つは、政府がなんとかしようと思えばなんとかなるものです。
でも(式1)しか知らないと、経常収支をなんとかするには貿易・サービス収支や所得収支をなんとかしないといけない、と考えることになってしまう。できっこないことをやろうとするから無理が出て、無用な摩擦を招くわけです。無知とは恐ろしいですなあ。わはは。
でもここまで書いてきて改めて思ったのだけど、結局、こういうスジ悪な見立てがはびこる根本的な原因は、世の中を政治的に見るクセがつきすぎてるからなんだろうな、と。相手が経済合理性よりも政治を優先させるだろう、とみんなが考えれば、それは結局実現してしまう。これは無知よりも恐ろしいことだと僕は思う。どうして政治を後回しにして考えないのだろう。君たちは政治が好きすぎる。

【参考文献】

あとはもちろん、マクロの教科書。スティグリッツASIN:4492312595)、ブランシャール(ASIN:4492312609)、マンキュー(ASIN:4492313222)など。

*1:他にも小ネタとして、ユーロの成立には一応「最適通貨圏」って理論があるんですが、とか、デリバティブズの発祥は江戸時代の米相場(といわれている)であって通貨が変動しだしたこととは直接は関係ない(ていうか通貨が変動しだしてリスクが増えればヘッジの手段が増えるのは当たり前)、とか、金本位制なきあとドルだけじゃなくてすべての通貨が原理的には紙切れなんですが、とか、「ドルは基軸通貨として失敗」だって理由に円が360円から100円になったことを挙げるのってどうよ、とか、色々あるんだけど、まあいいや

*2:一応、クルーグマンのお話が書かれた98年からデータをアップデートしておくと、米国の経常収支赤字はどんどん増えていまやGDP比5%に迫る勢い。オーストラリアも03年に6%を記録。イギリスも最近ひどいみたいで、99年から平均で5%って感じ。一方、教科書なんかでよく例に出される経常赤字常連国wのカナダは、なんと99年より黒字に転じている。ここで、カナダのdepartment of foreign affairs and international trade(外務通商省?)が挙げている黒転の理由が、財政赤字の減少と国内貯蓄の増加の2点であることに注意。ちゃんと定義通りでしょ。輸出が増えたから黒字になったとか、そんなことじゃないのです

*3:ちなみに、経常収支は国際収支統計のひとつの要素であり、経常収支+(資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏)=0、と定義される。つまり基本的に経常収支と資本収支(+外貨準備増減)は裏表の関係にある。この点を理解していないのがキムタケ(笑)。各国の国際収支統計ここにまとまっているのを発見したのでご参考まで